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tossy

アヒルが、ガーガー

ソウウツ

頻度で言うと数日に一回くらい。その数時間くらいの間、なんだか「生きてても良いやんかいさ」という風に思えるタイミングがある。常時こうであれば良いのだけれど、なかなか安定せず、その点については正直苦しい。

美礼先生が人間不信に陥って引きこもった時、ぶっさんは彼女へ「普通」と書いた野球ボールを手渡した。普通というのは、諸要素が奇跡的なバランスで支えあって初めて成り立つ状況な訳やけど、でもそれは外部からは極めてありふれた状態としてしか見えていないということを一方では示唆している。すげぇ。世の中すげぇ、としか思えない。今の僕は、とてもじゃないけど、そんな心境とは程遠い。毎日がソウウツだ。

とてもじゃないけど、僕は誰かに「普通にしていなさい」とは言えない。それは僕がそう言われても、そうできないから。でも、誰かが普通に(僕からはそう見えたということをもって、それは僕にとっては普通と表現することが許されるとして)僕へ投げかけてくれた言葉が、僕にとって「まるで普通じゃない感覚」を沸き立たせてくれたりする。そういうときに、自分の視座って、どうしてこんなに幼くて学びが無いんだろうかと、驚いてしまう。

孤独を知ることは大切やと思うけど、孤独で居ることが価値を持つことは、極めて限定的だと思う。言葉の重みを感じずに発現する人に嫌悪感を持つことはあるけれど、それに押しつぶされて何も言葉を発せない自分は、死人と同じだ。

ポジティブ、めっちゃたいせつ。

2014-11-13 01:19:51

主なき仕事場。心から尊敬する。