tossy

アヒルが、ガーガー

つめたく、つめたく。

この一年、よく格闘ゲームの動画や試合の様子をよく観ている。特に観ているのは、あまり詳しくない方でも一度は名前を聞いたことがあるのではないかと思われる『ストリートファイター』という格闘ゲームだ。

格闘ゲームには、人と人が相対して競い合うことの、さまざまな面白さが詰まっていると僕は感じている。攻防の駆け引き、ルールやキャラクターの性能といったどうしようもない規定との関わり、精神的な揺らぎがプレーに反映されてしまう心理戦の様相、などなど。

そんななかで、最近「マゴ (@magotto3)」というプレーヤーが、控えている大会で彼が競い合う可能性の高い「ラシード」というキャラクターに対して、どのような対策を講じればよいのかというテーマの動画配信を観る機会があった。

TOPANGA TV | OPENREC.tv

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画面左から、マゴさん・ふ〜ど氏・ときどさん。いずれも強豪格闘ゲーマーたち。

マゴさんのプレイに対して、放送内でアドバイスをするのは、プロプレーヤーの「ふ〜ど (@hashibirofood)」選手。ラシード対策についてふ〜ど氏がマゴさんへアドバイスするなか、何度も発言していた表現がある。それは「つめたく、つめたく」という言葉。これを聞いていて、なぜか色々な考えを巡らせることになった。今回はその話をしてみたい。

ラシードというキャラクターは、大振りのパンチやキック、嵐を巻き起こす飛び道具などで、相手のキャラクターの位置を大きく動かせることが特徴。その特徴は見た目からも分かりやすいので、素人ながらも理解することができる。

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画面左に映る、嵐を巻き起こすアラビアンなキャラクターがラシード。この嵐は飛び越して回避することはできず、相手側へどんどんと迫ってくる。

ストリートファイターという格闘ゲームは、キャラクター同士が戦っているフィールド(要は表示画面)の左右に、それ以上は画面がスクロールしない壁(限界点)がある。これを「画面端」というのだが、ラシードは相手キャラを画面端へ割と容易く追いやることが可能な点が、キャラクターとしての大きな強みだと言える。

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ラシードが相手キャラを画面端へ押し込んでいく一例。力強い圧迫に、相手はふっ飛ばされる。

一般的に、画面端を背負わされているキャラクターは、相手よりも不利な状況になることが多い。それは、壁を背負い相手に迫られ、前後の逃げ道が絶たれてしまう状況で、相手の攻撃を耐え忍び、なんとか画面中央側へ自分の位置を押し戻すことが、そう容易いことではないからだ。よって、画面端へと相手を追いやって、自分に有利な局面を生むことが得意なラシード(しかもラシードは一度画面端に追い詰めると、そこからなかなか抜け出させてくれない)へ対抗するには、できるだけ画面端に追い詰められないよう対処することが、他キャラクターに比べても重要だと言える。

いっぽう、こちら側(マゴさんが操作するキャラクターの意)がラシードを画面端へ追いやったときに「よし、有利な局面になったから、どんどん相手との距離を詰めて攻め込もう」としたくなるのは当然のことのように思える。特にマゴさんが操作する「かりん」というキャラクターは、近接戦で強い攻撃を打ち込むタイプだから、相手へ近づき攻撃のラッシュを掛けたくなる気持ちになりやすい。だがそうして攻め急ぐと、残念ながら手痛いリターンを食らってしまう事態を生んでしまいやすい。

それはなぜかと言えば、ラシードというキャラクターは、もうひとつの大きな特徴として、自分が画面端に追いやられても、端から逃げ出せる選択肢を数多く持っているから。なので、端へ端へと攻め急いでいる最中にスルッとそこから逃げ出され、気づけば今度はこちら側が端を背負わされてしまうリスクが対ラシード戦においては高く、このリスクをいかに低減するかが、放送内でも大きな課題として取り上げられた。

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たとえばラシードは画面端の壁を三角飛びできる。壁を蹴り飛ばして相手の頭上を飛び越すことが容易い。

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そして左右の位置は裏返され、またしても相手は画面端へ追いやられる。

そこでふ〜ど氏から出てきたのが「つめたく、つめたく」という言葉だった。

前述の通り、こちら側にとって有利な局面、画面端へ相手を追い詰めることができたのなら、それ見たことかと「いかに相手ダメージを稼げるか」を目的に、強く攻め込んでしまいたくなる。かりん使いであればなおさらだ。だが、画面端に近いところで攻防を展開してしまうと、ラシードに端から逃げられて局面を一気にひっくり返されてしまうという大きなリスクを背負っていることになる。

ならば、急いで端へ端へとラシードを追いやるより、ラシードとの距離をある程度空けて壁際でラシードを泳がせておきつつ、近づいたり離れたりを繰り返しながら、大きなコンボ(攻撃の連鎖)を繰り出せる隙をうかがうほうが賢い、というのがふ〜ど氏のアドバイス内容だった。

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画面端に相手(と、自分を)押し込みすぎず、一定の間隔を取って相手の動作に対応することを、攻め込むことよりも優先。

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たとえばラシードが飛び越えようとジャンプをしてくるようなら……

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対空技(かりんの場合はEX烈殲破という攻撃が有効)で対応し、ダメージを与えつつ、再びラシードを画面端へと追いやるのが賢明。

ラシードの近距離で、その一挙手一投足に対応しながら攻撃を試みるのではなく、ある程度距離(間隔)を取って、相手の動きを観察しながら、リスクを背負わず攻撃の機会を探すほうがベターである。このことを、ふ〜ど氏は「つめたく、つめたく(相手の挙動に付き合いすぎるな)」と、表現していたのだ。好機へ急ぐな、相手をつめたくあしらえ、と。

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ここからが完全に論理の飛躍なのだが、毎日生活していたり、仕事をしていたり、いろんなことを考えて悩んで生きているなかで、つい(良い方向にも悪い方向にも)思い詰めてしまうタイミングというのが僕にはよく訪れる。

たとえば「もうダメだ、こんな自分なんて存在していていいのか?」というケースもあるし、逆に「今すごく調子が良いから、ガッツリがんばるべきやろ!」というようなケースもある。どちらにしても、自分を追い詰めているという意味では、方向性は違えど似たようなものだと思う。

そのときに自分へ「つめたく、つめたく」応対できる自分を、どこかで保持しておくことが大切なんじゃないかと、ふ〜ど氏の表現から感じた。思い詰めようと、ある意味で自らへ攻め込もうとする自分からうまく距離を取って、近づいたり離れたりを繰り返しながら、リスクを低減させつつ、生活への地に足の着いた寄与を見出だせるならば、それはひとつ「賢くなった」あるいは「大人になった」と言えるのではないか。などというふうに、論理を飛躍させてしまったりする。

「自分がやや上向きに(あるいは下向きに)ヒートアップしてしまってるな」と思うときこそ、声に出して「つめたく、つめたく」自分に向き合えるようにしてみたい。好機へ急ぐな、自分をつめたくあしらえ、と。そんなことを格闘ゲームを観ながら考える、早秋の一日なのでした。

何を書いているんだろう。でも、マゴさんもふ〜ど氏もすごく魅力と特徴あるプレーヤーだし、ほかにもたくさんの個性的なプレーヤーが、個性的なキャラクターを用いて技を磨いています。ご興味ない方も、ここ最近は毎週末大会が世界中で開かれていて、その様子をストリーミング中継で観ることができるので、ぜひ観てみていただきたいです。

【定期ポスト】最近の曲々 (April - June, 2017)

社会生活へ復帰し始めたのが、今年の 4 月から。ようやく(というよりも気がつけば)それから 3 ヶ月が経過して、そのあいだ色々な音楽を聴いては、自分をたしなめたり、自分をふるい立たせたりしてきた。備忘録として残しておく、ここ数ヶ月の聴取履歴たち。

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Theme Of Karin Kanzuki ― 小林啓樹
Composed by Keiki Kobayashi / Sound Director & Music Producer: Yukinori Kanda (CAPCOM) 

Theme of Karin Kanzuki

Theme of Karin Kanzuki

  • CAPCOM
  • サウンドトラック
  • ¥150

昨年のひきこもり期から格闘ゲームの動画を観るのが習慣となってしまった。そのなかで一番よくフォローしているのは『ストリートファイターV(以下、SFV)』界隈で、暇と興味が噛み合った結果、大会を観るために実際会場まで足を運んだこともあった。で、SFV の動画を観まくっているなかで音楽にも興味を持った結果、BGM 代わりに流すためにサントラ CD まで買ってしまい、今に至っている。好きな曲が色々あるなか、ダントツで一番好みなのが、小林啓樹さんが手掛けた『かりんのテーマ』であるこの一曲。オシャレな感じ、と言えばそこまでやけど、割とエレキギターに主旋律を担わせる曲調が多く見受けられるなか、この曲はフェンダー・ローズっぽい音で主旋律を奏でているあたりがすごく心地良い。そしてゲーム BGM の何が良いかって、機能的に “流れ続けること” が求められるが故に、ほぼ全曲ループミュージックなところ。

 

あえてそこ(攻め込む)― KREVA
Words & Music by KREVA / Programming by KREVA / Electric Bass by 岡雄三 / Produced by KREVA

KREVA 氏が久々にリリースした新アルバム『嘘と煩悩』を聴き込んだなかで、彼らしい楽曲だと特に感じたのがこの一曲。アルバム自体は、彼が現在感じている、日本語ラップ(あまり好きな表現じゃないけど、敢えて)や J-POP に対する自分なりの対峙方法を示せていると思えた。でも、じゃあこれが彼の完成形かと言われると、そうじゃないんやろうな、まだこの先の姿を彼は近々リリースするような気がするなという、そういう少し曖昧な示唆を強く感じた。まさかその “示唆” が思わぬかたちで具現化することになろうとは、このアルバムを聴き込んでいた寒い時期には思ってもみなかったけれど……。

 

LONELY NIGHTS ― tofubeats
Written by tofubeats / Rap: YOUNG JUJU (KANDYTOWN) / Vocal: tofubeats

tofubeats くんが生み出した『FANTASY CLUB』という一枚のアルバムは、2017 年というタームが、様々なことに毎回思い悩み、自らの立ち位置や表現に対して確かさを持つことへ “些かの懐疑感を持ってしまう” 者たちにとって何を意味しているかを、これでもかというくらい具現化した作品になった。ポストトゥルースがどうとか、オルタナティブトゥルースとはとか、みんな難しいことを言うけれど、本質的には「そんなことどうでもいい」のであって、この作品はその「オレは確かに “分かってない” が、自分が “分かってない” ことについては、お前よりずっと分かってる」という、2017 年的に正しい姿勢をきちんと示している。その切り取り方が、何よりも tofubeats くん自身の生真面目さを、真摯さを、強く感じさせる。

 

ようこそジャパリパークへ ― どうぶつビスケッツ×PPP
作詞・作曲・編曲:大石昌良

ようこそジャパリパークへ

ようこそジャパリパークへ

まあ、この曲は、うん、勇気をもらったよね。歌詞にある「けものは居ても のけものは居ない」にどれだけの人が救われただろうか。日本のインターネット 2017 年上半期を、これほど象徴している曲もなかろう。

 

まわせ PDCA サイクル ― 岡崎体育
Tracks & Lyrics written by 岡崎体育 / Arranged by 岡崎体育 / Produced by 岡崎体育

tofubeats くんのやり方とはまた違うけれど、しかし 2017 年に求められるエンターテインメントの在り方を、これまた切実に訴求したが故に出来上がったのが、岡崎体育くんの『XXL』というアルバムだと思っている。収録曲のうち、この “まわせ PDCA サイクル” のことを岡崎くんは「唯一の捨て曲。テレビで大相撲を観ながら 5 時間で作った」というようなふうに言っているけれど、でもこの曲ですら彼が決心して定めた “世間に対する自分の立ち位置” を示していて、戦い方として本当にカッコいいなとつくづく思わされる。彼が作っているのはジョークミュージックじゃない。ある意味で彼ほどリアリティーを否定できていない商業ミュージシャンも他に居ないと思う。

 

めんたいコズミック(Stereoman Remix) ― Yunomi
Vocal: 一二花 (Nica) / Artwork: きあと (Kiato)

作業してるなかで SoundCloud 掛けっぱなしというときもあって、そのなかで気に入った一曲。ちなみに Yunomi さんについては、とあることがきっかけで『大江戸コントローラー (YouTube)』で知ったこともあり、気に入って聴かせてもらっているミュージシャンのおひとりである。

 

千% ― KICK THE CAN CREW

青春が帰ってきた。KREVA 氏が『嘘と煩悩』で示唆していた “次の一手” は、まず思わぬかたちで訪れた。いやぁ……エモくていい。こんな手口を見せられると「もうエモいもの以外に興味持てないわ」ってなってまう。

近況

昨年 12 月半ばに応募していた求人たちの選考が一通り終わり、結果待ちの状態。このブログを書いている間にも連絡が来るかもしれない。落ちていても通っていても、結果はどうしようもないのだから考えるだけ無駄なのはよく分かる。だが、ここ二ヶ月くらい自分の気持ちをあちらこちらへと寄せて行って、ここに行きたいと気持ちを一度固めたところで解き放たれると、そう容易く気持ちの落とし所を見出だせず、非常に苦しい。殺すなら早く殺して欲しいというような、そういう感じ。

気持ちを寄せて行くのは疲れる。だけど、何がしたいのか具体的に言えないのは仕方ないにせよ、現状を打破するうえでも、気持ちを寄せて行って、それが結びついて、リスタート切っちゃおうって思えるように落とし所を作るというこのプロセスは、今の自分にとって必要なものだと思う。カチッとハマった感じが乏しいかもしれないし、どこか心が付いていかないということだってあり得る。というか、完璧に納得してなんて、ありえない。それでも、比較的気持ちを寄せて行けると冷静に考えても感じられるなら、そこを起点にまた始めて行くほうが良い。

妥協点じゃなくて、落とし所。起点が決まれば、そこから自分のしたいこともまた組み立てていこうとしやすくなる。絶対この方法じゃなきゃヤダ、というわけではないのだから、起点・環境・習慣・コミュニケーション・適度な活動量……そういったものを自分に与えることが必要だ。

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私的 2016 年ベスト 16 曲

いろいろ書こうと思っていたけれど、上手く言葉が見つからないので、とりあえず曲をピックアップするに留めておこうと思います。気が向いたらコメントを入れようと思います。ちなみに、今年で 4 年目です。

 

 

長く短い祭 ― 椎名林檎
作詞・作編曲:椎名林檎 / 管編曲:村田陽一 / 玉田豊夢 (drums) 鳥越啓介 (bass) ヒイズミマサユ機 (wurlitzer, piano) 西村浩二, 菅坡雅彦 (trumpet) 村田陽一 (trombone) MATARO (percussion) 浮雲 (vox) 椎名林檎 (digital programming)

長く短い祭

長く短い祭

2015 年夏のコカ・コーラキャンペーンソングだったわけだが、聴いていたのは主に冬場のことだった。東京事変の「能動的三分間」があり、この曲があり。でもヒイズミマサユ機氏の演奏も楽しいのはこちらのほう。結果的にこの浮雲長岡亮介)氏のボーカルものは、リオパラリンピック閉会式で披露された「東京は夜の七時 -リオは朝の七時-」へと繋がっていった。刹那の狂気みたいなものを聴く側から引き出してくる感覚は EDM 的なものにも似ていると思うが、林檎嬢はさらに人のどす黒いところまで範疇にしてくるから、毎度やられてしまう。

 

望遠鏡の外の景色 ― ICHIGO ICHIE
作曲:椎名林檎 / 編曲:SOIL&"PIMP"SESSIONS

望遠鏡の外の景色

望遠鏡の外の景色

  • ICHIGO ICHIE
  • Soundtrack
  • ¥250

リオオリンピックおよびパラリンピックの閉会式・フラッグハンドオーバーセレモニーの、いずれでも使用された曲。椎名林檎さんたちが示された表現のように、果たして東京という街が本当に洒落をきかせた場所なのかどうなのかは僕には分からない。けれど、たとえそれがケレン味だったとしても、そういうふうに傾いて良い時期に出くわせたというのは、喜ばしいことだと思わなきゃいけないんやろうなぁと思う。諦めと退屈の夏だったわけだが、でも繋ぎ止められそうなのは、こういう曲に出会えたからやと感謝している一曲。

 

時よ ― 星野源
Music, Lyrics, Produced and Arranged by 星野源 / 星野源 (vocal, guitar, chorus) 河村 "カースケ" 智康 (drums, cowbell) ハマ・オカモト (bass) 石橋英子 (synthesizer, chorus) 長岡亮介 (guitar)

時よ

時よ

少し聴いていなかった星野さんの曲を、2016 年の初めに久々に聴いて、やっぱり良い音楽作るなぁとしみじみ思った一曲。演奏されているメンツもめちゃくちゃ良い。でもこれを聴いていたとき、一年の主役に上り詰めることになろうとは想像もしていなかった。でも彼の曲は、リリースされたからと言って急いで聴く必要もないと思っているので、また自分に馴染む時期が来たら聴いてみようと思う。

 

SAMURAI ― サカモト教授
Music: サカモト教授

SAMURAI

SAMURAI

2016 年前半はずっとゲームのイベントに関する仕事をしていて、そのなかで使うために僕が行き当たったのが、この曲が収録された SKMT というアルバムだった。古今東西さまざまなゲームに触れることができるイベントのエントランスで掛ける曲を、ということで、本当は同じアルバム内の「PLAY THE GAME」を掛けるようにお願いしたはずだった。けれど、いつの間にかこの曲が掛けられるように変わっていた。でも、より高揚感を醸成するのはこの曲の良さで、幼いときに東京ディズニーランドのスペース・マウンテンへ乗り込むときみたいなドキドキ感を思い出せる一曲で印象深い。

 

BABYBABYの夢 ― TANUKI

上の記事を見て初めて知った、フューチャー・ファンクという音楽ジャンル。歌詞だけを読んでも名作な歌謡曲たちを、その内容やメッセージの凄さや貴重さなんて大して気にせず、サンプリング元として乱暴にぶん回している感じが、大変心地良い。そして僕はどうやら、竹内まりやの音楽がとても好きだとも気づいた。

 

アイ MUST GO! ― 天海春香, 如月千早, 星井美希, 島村卯月, 渋谷凛, 本田未央, 春日未来, 最上静香, 伊吹翼 from THE IDOLM@STER M@STERS OF IDOL WORLD!!2015
作詞:mft(オノダヒロユキ)/ 作曲:BNSI(中川浩二), 小林啓樹 / 編曲:小林啓樹 / 歌:天海春香(CV: 中村繪里子如月千早(CV: 今井麻美星井美希(CV: 長谷川明子島村卯月(CV: 大橋彩香渋谷凛(CV: 福原綾香本田未央(CV: 原紗友里)春日未来(CV: 山崎はるか)最上静香(CV: 田所あずさ)伊吹翼(CV: Machiko)

残念ながら配信期間が終了しているけれど、記念すべき 10 周年の西武ドームイベントのために書き下ろされた一曲。色々考えて生きるのは難しいし、楽しく感じられない自分に嫌気も差すけれど、とは言え前へ目を向けようと思うときには、正直な音楽というのも必要としてしまう。自分に向けられた曲ではないけど、誰に向けて作られた曲かが分かりやすいというのは、感情移入はしやすい。

どの願いも どの願いも
祈っている 叶えたまえと
願いたちよ ひとつになって
星の輝きを目指せ

こういうくだりは、本当にずるい。M@STERPIECE にも似たラインがあるけど、夢や願いを主語として扱って、それを抱く自らとは切り離して扱うような表現というのは、真摯で良い歌詞だと思う。

 

ザ・ライブ革命でSHOW! (M@STER VERSION) ― 星井美希, 高槻やよい, 菊地真, 双海亜美, 双海真美, 四条貴音
作詞:小金井つくも / 作曲・編曲:BNSI(佐藤貴文)/ Starring by 星井美希(CV: 長谷川明子高槻やよい(CV: 仁後真耶子菊地真(CV: 平田宏美双海亜美/真美(CV: 下田麻美四条貴音(CV: 原由実

何をするともなく過ごしていた夏にプレイした「アイドルマスター プラチナスターズ」からの一曲。各キャラクターの個性を引き出す、アイマスらしいハチャメチャな曲調が、スカで上手に表現されていて、ゲームしながらも何度も聴いた。ゲーム自体は、とにかくキャラクターのビジュアル進化が美しく、動いている様子を見ているだけで楽しい。この曲に関しては下記のプレイ動画にある、美希・千早・あずさ・やよい・雪歩の 5 人がいちばん好きな組み合わせ。

 

Hello Radio ― ザ・プールサイド
作詞・作曲:岸田繁くるり)/ アレンジ:tofubeats / ザ・プールサイド:岸田繁くるり), 大橋卓弥スキマスイッチ), 木村カエラ, KREVA, DEAN FUJIOKA, 藤原さくら, YONCE (Suchmos)

時期限定の音楽だからこれも音源を手に入れるのが難しいけれど、春らしい思いや情景を、豪華なメンバーで作り上げた一曲。パスピエ「ON THE AIR」とか、赤い公園「NOW ON AIR」もそうやけど、ラジオがテーマになっている曲って、ラジオを聴きながら見える情景や、そこにぽわぽわ浮かぶ言葉にならない思念みたいなものを、音楽的・詩的に描けている名曲が多い気がする。

 

FLASH (Album-mix) ― Perfume
Written, Arranged & Produced by YASUTAKA NAKATA (CAPSULE)

FLASH

FLASH

何が良いのかと問われると、Perfume はいい意味で安定しているのが良いと思う。新しいことは引き続きやってくれているし、彼女たちの年齢やキャリアに応じた曲調の変化もあるし。とにかく、継続して、椎名林檎さんが描くやり方とはまた違う、東京や未来に対する表現の公器であり続けてほしいなと応援するばかり。

 

恋をしたのは ― aiko
Written & Words by AIKO / Arranged by Kano Kawashima

恋をしたのは

恋をしたのは

映画 聲の形」の主題歌として書き下ろされた一曲。今年聴いた音楽のなかで、真剣に歌詞について考えたのは、この曲くらいかもしれない。主題歌としても、作品に画竜点睛を与えている感じがしていて、とても好感が持てた。なんというか、すごく視覚的な歌詞だと思うし、それは作品において音や聲がどういう意味を持っているかとちゃんとリンクしていると思う。僕はこの曲を iTunes でダウンロードして聴いたが、残念ながらボーカルの音がちょっと大きすぎた。

 

qut ― 牛尾憲輔
Produced by kensuke ushio

qut

qut

音楽も際立って良くできている「映画 聲の形」のサウンドトラックから一曲。こもった、明瞭じゃない音使いが全編にわたって活用されていて、内向的な衝動・音のない世界の音楽・瞬間瞬間の儚い美しさ、みたいなものがすごくきれいに表現されている。音楽的には、この曲のようなレイ・ハラカミサウンドも上手に取り入れられていて、幅広い表現がなされている。サウンドトラックとしては映画「ソーシャル・ネットワーク」のそれに近しい種類の素晴らしさがあるように感じた。

 

俺の彼女 ― 宇多田ヒカル
Written and Produced by Utada Hikaru

俺の彼女

俺の彼女

アルバム「Fantôme」はやっぱり名盤やと思うけれども、その 2 曲目に収録されているこの曲を初めて聴いたときは、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃があった。まるで古くから歌い継がれてきたシャンソンのような凄みのある曲を、軽やかに始まったアルバムの序盤でいきなりぶちかませる宇多田さんは、分かってはいたことやけどやっぱり唯一無二なお方だと痛感させられた。

 

忘却 featuring KOHH ― 宇多田ヒカル
Written by Utada Hikaru, Chiba Yuki / Produced by Utada Hikaru

忘却 (feat. KOHH)

忘却 featuring KOHH

音源だけを聴いていたときはどう受け止めたら良いのか今ひとつピンと来ない曲だったけれど、ネットの生放送番組「30代はほどほど。」で実際にパフォーマンスを観たら、むちゃくちゃカッコいい曲だなと気づけた。KOHH & PUNPEE のお二人が出演したこの番組を観て、是非ともこの二人をどこかまだまだ遠くへと宇多田さんに連れ出してもらいたいと期待してしまうのは、少しでも日本語ラップが好きな人間としてしょうがないか。

 

夜を使いはたして featuring PUNPEE ― STUTS
Music Produced by STUTS / Written by PUNPEE

夜を使いはたして feat. PUNPEE

夜を使いはたして featuring PUNPEE

  • STUTS
  • Hip Hop/Rap
  • ¥250

2016 年は Beats 1 とか YouTube とかで曲を知ることが特に多かったけれど、この曲も YouTube でレコメンドされていて知った。AKAI の MPC1000 を未だ現役でカッコよく叩く STUTS くんという存在にも驚いたし、相変わらず PUNPEE くんのラップは健在で、健康な音楽で良かった。アルバム「Pushin’」自体もガッツリとしたサンプリングミュージックを楽しめて、インスト曲が多いのもあって良く聴いた。

 

SHOPPINGMALL ― tofubeats
Produced by tofubeats

彼が頭を悩ませて作り上げた、凝ったポップミュージックも好きだけれど、このビデオも含めて、まるで冷蔵庫にある具材でチャーハンを作るかのようなフットワークを感じさせる作品というのも、とても好き。きっとそれは、彼の詩的感覚とか言葉選び・音選びをシンプルに楽しめるからだと思う。この曲に関しては、よくぞ「ショッピングモール」という一言を入れてくれたなと感心。その一言だけで曲がグッと締まっている。

 

POSITIVE featuring Dream Ami ― 中田ヤスタカ (CAPSULE) REMIX - tofubeats
Remixed by 中田ヤスタカ (CAPSULE)

そもそも音楽をあまり受け入れられにくく、元気がない時間が多かった 2016 年だったので、ポジティブをもう一回思い出して日々に向かい合えたらなという自戒を込めて。ときどき落ち込んじゃっても、思い通りいかなくても、ポジティブな気持ちで。

冬が来る

雪が降った。

11 月中に東京都心で積雪が観測されたのは、54 年ぶりとのこと。季節を間違えてしまったのかと思うものの、別段出掛ける予定もないので、ただただ寒いだけの一日。

やることも思い浮かばず、友人に紹介してもらい、ずっと真田丸を観ている。物語は進む。その時間、ドラマの中に気持ちを沈め、いまこの時を忘れる。一話終わる度に、現実に引き戻される。雪が降る東京、11 月も終わり、何も決められずに待ち状態でいる自分。

外を見ると、帰ってきた友人と話すと、もちろんのことながら、皆それぞれに、現実として自分の物語(本来は人生と言うべきやけど、いまは敢えてこう言いたい)を歩んでいることに気付く。そして、いまの僕は、その当たり前のことをとても不思議に思う。誰しもが自らの物語を紡いでいるということ。自分に、いま、その感覚が持てていないということ。悲しいとか悔しいとかじゃなくて、ただただ不思議に思う。自分の物語ってなんやったっけ?というような。

こういうことを言うのは戯言でしかないと思うけど、しかし、すぐに己を見失いがちな自分を思うと、とても不安になる。時が来れば、状況が訪れれば、自分の物語を紡いでいけるようになれるのであろうか。

冬が来る。どこへ行こうか。

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ぼんやりと

少し寝てみたりもしたが、どうも頭に靄がかかっているようでぼんやりとした感じで、物事に集中できない。

米大統領選の行方を見ていた。驚くべき勝利と、それを全く言い当てられなかった社会調査の限界めいたものを見た。見たいものしか結局は見ていないのか、物事の両義性を把握しようとできるなんて考えるのは、おこがましいだけなのか。これもまた、ぼんやりと考える。

この 10 年で自分は何が変わったのか・変わらなかったのか、ということを考えてみたりする。正直全然「成長」「向上」はできなかったな、というのがひとつめの感想ではある。ただ、自分が社会の中で担いたい/信じたい側面というのは、自然と固定化されつつあるように思う。要するに 10 年前よりも好きなものはより好きになり、好きになれないものはより好けないようになったということ。

それを望むかどうかに関わらず、時間を経てやっぱり可能性は潰れてきているし、狭まってきていると考えるのが、まずは妥当なのだろう。それでいい。そうじゃないなら、それこそ何をやってきたんだという話になる。

ひとつひとつ確認しながらじゃないと進めないし、その速度は、まぁ遅い。ただそれは、別に恥ずべきことじゃない。まずはそこから始めよう。怖がっているし、怯えているが、それを受け止めないと。なぜならそれも、自らが打ち出したい価値の一部なのだから。

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鴨鍋。美味しかった。

半年後

ほぼ半年ぶりの更新。その間に、会社を休んで、辞めて、地元に帰ろうとして、それを思い直して、すこし都心から離れた場所へ引っ越した。言葉にすると呆気ないし、実際かなり呆気ないんやけど、少なくとも前回ブログを書いたときに今のような半年後が待っているとは想像していなかった。

かつて同じような状態になって、そこから再び動けるようになってきたときに、とにかく前へ!ということを大事にしていた。それらはおそらく、勢いが衰えることでまた動けなくなってしまうことが怖かったから。動き直し方の質がきっと大切なんだろうし、イメージとしては勢いが削がれてもゆーっくりと惰性では進んでいられる、みたいな。意思なくしてなんとやら、とは言うが、より大切なのは意思が伴わなくても多少の物事は進められるスタンスなのだろう。

自分にとっての「したいこと」はまだ具体的にはなっていないし、彼の人が言うとおり多分まだ手が届かない。だからと言って諦める必要があるわけではない。離れすぎずに、手を届かせられそうな場所に居続けることが、僕みたいなノロマにはどうしても必要なのは、頭ではずっと分かっている。あとはそれを続けていける身体が自分で自分に用意できれば、ということなのだけど。うーん、それがやっぱりどうして、自分の力だけでは難しい。

もう一ヶ月はぼんやりと考えても良いとお墨付きをもらったので、ほどほどに動きつつ、ブログも書きつつ、やってみたいと思う。

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